| 祖父のこと ところで私の祖父はちょっと変わった人で、というか私は祖父を尊敬している。世界中にはもっと素晴らしい人がいるのだろうとは思うのだが、どんなに偉人といわれている人でも聖者でも、その人の一側面を知るのみなので、私には正確な評価は下せない。それに比べて家族の場合には、一日中いっしょに暮らしているため、よい面も悪い面もすべてが見えてしまうので祖父を尊敬せざるをえないのだ。 祖父は皇宮警察の警察官を定年まで勤めあげ、その後は恩給で生活するかたわら、商売をしてみたり、薬剤師の免許を生かして薬局に勤めたりしていた。そして東京オリンピックのあった昭和39年10月7日に77歳で他界した。私は祖父といっしょに暮らしていたのだが、その間一度たりとも祖父が怒ったのを見たことがない。そのことが子供のころの私には不思議であった。 私は祖父を怒らせるようなことや困らせることを、わざとしてみたことがある。そういうときに祖父は、少し悲しそうな顔をして「じゃあ、どうしたいんだい」と私に聞いてくるのだ。 祖父を困らせようと思って最初から無茶なことをいっているので、「どうしたいんだい」と聞かれると私のほうが困ってしまう。絶対に怒ることなく根気よく、私が納得するにはどうすればよいのかを聞き出そうとするのである。 それから、子供というのは何でも疑問に思うと大人に「どうして」と聞くものだが、私もやはり祖父にいろいろ質問をしたそうである。最近母から聞いて知ったのだが、そういうときに祖父が知らないことだったりすると、必ず図書館へ行って調べて、ちゃんと私に教えてくれていたそうである。 また、人からひどい仕打ちを受けたときでも「どうして、あんなことをするのかなぁ」といって悲しそうな顔をするが、怒りはしないのである。「人前で怒らない」という人はたくさんいるが「生涯怒らない」という人は滅多にいないのではないだろうか。 もっとも私は祖父の生涯を知っているわけではないので、母に聞いてみたことがある。そうしたら私の想像通り、母も生まれて以来一度も怒られた記憶がないし、祖父の怒った顔を見たことがないそうである。そして念のため、いとこたちにも聞いてみたが、やはり祖父に怒られた記憶のある人は誰もいなかった。 母も私と同じように、なぜ怒らないでいられるのか疑問に思い、直接祖父に聞いてみたことがあるという。そうしたら「おてんとうさまのことを思うと、怒る気なんかなくなってしまう」というようなニュアンスの答えが返ってきたそうである。 本当の悟り 僧侶でも修行者でもなく、ただの平凡な一市民である祖父の得たこの境地は、本当の意味での悟りであると思う。新興宗教の教祖やヨーガのグル(導師)には、悟りを得たという人が多いが、表現は悪いかもしれないがこれは職業上の宣伝材料に使われるものであり、純粋に悟ったとはいえない部分がある。 なぜなら悟りとは真理を得ることであり、「真理」は絶対に言葉であらわすことのできないものだからである。もし本人が悟りを得たといったとしたなら、それは本当の悟りではない。悟ったという錯覚をしたにすぎない。教団を作り信者を集めて教祖になる人のなかには、本当に悟りを得た人は一人もいないと私は思っている。本当に悟りを得たならば、むしろ教祖になるのを避ける努力をするはずなのである。 7 空中浮揚のテクニック エネルギーを溜め込む ここから、話は本題に入るが、地上40センチの空中浮揚をおこなうときに、私自身がどういうことをやっているかの説明をする。 まず肉体の操作から入るのだが、ハタ・ヨーガのポーズのうちで主に関節を柔軟にするものを中心におこなう。空中浮揚を実現させるためには、なにしろ体のなかをエネルギーがきれいに通らなければならないので、滞る可能性のある関節部分は、できるかぎり柔軟にしておく必要がある。それまで自分勝手に練習してきたポーズがここで役立つことになるのである。 エネルギーの流れが引っ掛かりやすく危険なのが、足首、ヒザ、股関節なので、この部分は柔軟すぎるくらいに柔らかくしておかなければならない(と私は思っている)。8枚連続写真で説明したバランスのコントロールは、足首とヒザの内部のゆるみを利用しなければ、あそこまでうまくはいかないのである。 関節を柔軟にしながら、同時に内部を流れるエネルギーの通りをよくするために、呼吸法を使う。主にカパーラバーティ・クリヤー(80頁参照)という浄化のテクニックが中心である。ここまでが、空中浮揚に使うエネルギーを起こして、体内に蓄積するための準備である。 そして次に、プラーナ(宇宙に満ちている根源的なエネルギー)を体内に取り入れて、空中浮揚できるぐらい大きなエネルギー量になるまで溜め込むのである。このテクニックを具体的に説明するのは難しいが、ヨーガを実践している人の参考のために、使われる行法のうちのいくつかの名前を挙げておく。 シャクティチャーラニー・ムドラー(宇宙的根源力を働かせる修法)、バンダ・トラヤ(三重の引き締め)、ヴァジローリー・ムドラー(精気保全の修法)、ケーヴァラ・クンバカ(単独の保息)、などである。その他いくつかの行法に、私のオリジナルの行法を加えてエネルギーの飽和状態にもっていく。 磁力の反発力 そのエネルギーの飽和状態になるまで、体内でどういう現象が起きているかというと、まず体のなかにエネルギーが入り込んでくるので、肉体的には徐々に熱くなる。そして尾てい骨部をプラス、頭頂部をマイナスとする磁極が徐々に反転しだすのである。ちょうどプラス・マイナスのある100本ほどの針金の束を考えてもらえると分かりやすい。それが、ある時点で一瞬2〜3本が反転し、そのとたん元に戻ってしまう。そしてもう少しエネルギーが溜まってくると10本ぐらいが反転し、さらにもう少しすると30本、というぐあいに少しずつ反転する量が多くなっていくのである。むろん、そのつど元に戻ってしまうのだが、私の肉体感覚としては全部は戻っていないような気がする。そして100本の束が全部一気に反転してしまうのが飽和状態になったときである。 肉体上の磁極が反転すると、どうして空中浮揚ができるのかという点だが、私の勝手な推測ではあるが、地球の中心部がプラス、地表面がマイナスの磁極になっていて、同じ極同士が反発しあうのではないか、というのが私の見解である。ちょうどリニアモーターカーの原理と同じことになる。 また、あるインドのリシ(聖仙)は、人間は引力を支配する力があるといっている。 「人間は地球の磁力(現代人のいわゆる引力)以上にヴァイブレーションを上げ(言い換えれば力を出し)て、引力効果を無に帰してしまうことができるものだ。引力が無効になれば人間の身体は上にあがり、空中に浮かぶことができる。したがって水の上でも、地上と同様に歩くことができる」 この説も私の肉体感覚として理解できる。私がエネルギーを溜め込んでいくにつれて、磁極の反転も起きるのだが、それとは別に徐々に肉体が軽くなっていく感じがあるからである。それは私の座っている周りの狭い範囲で、引力の効果が少しずつ減少しているのではないかと思われる。その現象と磁力の反発の両方が、私の空中浮揚には作用しているのではないかと思える。 |
|
成瀬ヨーガグループ Copyright(C)2001-2005 Naruse Yoga Group. All rights reserved. |